東京、逃避行、初日
新幹線を品川で降りて、ウィークリーマンションへ向かう。歩きすぎて、踵は既に割れていた(体感)。
タオルと洗剤とハンガーはマンション最寄の100円ショップで買ったけど、やはり30Lのバックパックは送ればよかったなあ。
着いて買ったばかりのタオルを洗っている間、パフっとベッドに飛び込めば割れた踵のことなど忘れて、(あー!平和だ!)と浸る。実家のどこよりも、平和で落ち着いた場所かもしれん。仮住まいだけど。仮住まいなのに。
空間に自分が馴染みはじめてウトウトするも、服を手に入れねば着るもんないぞと思い出して、予約してた美容院の2時間前に出かける。そういえば浜松に来て4ヶ月、服は1着も買っていない。新宿ビックロでカーキ色のフランネルなシャツワンピースを見つけて買う。今の季節でも着ていいって、通りかかった店員さんが言ってたから(聞いた)。それだけ買うのにの8分並んだので、愛着倍増。早く着たい気持ち!
8分並んだのに美容院の時間にはちょっと空くので、そばのエクセルシオールへ寄った。コーヒーが好き、タバコを吸いたい(好きではない)、座りたい、そんなところで大学のゼミで一緒だった同期に偶然出会う。名前呼ばれて嬉しかったなあ、ゼミにはほぼ行っていないのに。覚えててくれたんだなあ。「ゼミのグループLINEに報告したよ〜」って、私それに入ってないんだなあ。そりゃそうだよなあ。
やっぱりなんとなく居づらくなって、出る。忙しい女感が醸せてスマートだと思った。背筋を伸ばして「会えて嬉しかった〜」と本音を言ってから時計を見たら、まだ美容院の時間には少しあった。くぅー、スマートじゃない!
ビックロと美容院の間をフラフラしながら時間が来るのを待つことにした。仕事で履けるヒール靴が欲しいとABCマートに入るも、私の存在自体がまるで無視されて非スマートに拍車がかかる。でもまあ、髪を直せば!なんとかなるでしょう!
前を歩く子がナンパに苛立っている時、後ろで私はいつのまにか曲がっていた背筋を伸ばして胸を張る。後ろにもいるよ!って風。まだまだ!美容院!美容院!
カラーと縮毛矯正で髪をいじめ抜くメニュー。髪を変えるだけでちょっと可愛くなれたけど、1000円カットのおばちゃんが切ってくれた前髪を「自分で切ったね?ガタガタだったから直したよ」って言われてムカついた。
そしてから、帰りがけに寄ったカフェのトイレで「毛先のクセは活かしましょうよ!」という自意識高い系美容師の提案を受け入れた私のボサボサ髪を見る。ただただ、びっくりした。それだけ。いや、ちょっと落ち込んだ。
カフェはこれまでに来たことがあったところだったけど、全面喫煙から全面禁煙に変わっていて、おお、東京オリンピック…と、いずれ来る自らの卒煙に想いを馳せる。想いを馳せるだけというのが、いささか意思弱女風。
カフェでは仕事して(いい仕事ができた!褒)、家族のこと、ぐねーっと考えて、すっかり夜半で急いで帰った(踵が粉砕されているのでたぶん低速)。
早速刺激が多くて、明日は何があるだろう。
東京で何を得て帰るだろう。
ワクワクしてて、少し怖い。
初日はそんな感じだった。
20170806
実家で暮らすのが嫌になった。
だから、ちょっと、10日間くらい、東京の、私の稼ぎではきっと住めない場所にウィークリーマンションを借りて、暮らすことにした。
逃避行といえば夏らしくって粋なのだけど、逃げるだけです。
見ないふりできなくなった自意識
かといってはっきりしない
縛られている感じがして
監視されてる感じがして
我慢ならなくなって振り返ると目線を逸らされて
私以外のせいにすれば楽でした
善意がイヤらしい
9年の一人暮らしで蓄えたわがままですか
私は一体何に苦しんでいるのですか
家族というものが分からなくなったと母親に言ったら、最近眠れないのも食べられないのも私たちのせいなのかと思っていたんだと泣きながら、一人になって考えてみなよと返された。この時母親は、考えすぎる私の欠点を、まるっと受け止めた。明け方二人で泣いて、遠くで父親がテレビの電源を入れた音が聞こえたんだ。ああ、父ちゃんってこんな早く起きるんだなって。
逃げる先が東京というのも、いささか語彙なし女風。
今は、青ネギを切った包丁を上向きに持ち替えることをしなかった自分が、ただ新幹線に乗っているだけだ。
父はAVを見てた。
父の寝室(リビング)からパシャパシャスマホで写真撮る音が聞こえてきて、たまに連写とかしてて、鳴り止んだと思ったらまたパシャパシャし出して。
なにをそんな撮ることあるねんと偽関西弁でつぶやき&好奇心沸々……。
歯ぎしり対策のマウスピースを洗うついでに、ちょろりと部屋を覗いてみる。ふすまは全開だ!
父はAVを見てた。
おいおい父…デジタルとアナログの狭間で不器用に生きてる父…どんな顔して撮ってんねんと再び偽関西弁…どういう感情で後から見んねんと再び…
私には彼の血が半分流れています。
悲しいぜ?
治安の悪い相席居酒屋でキス
金曜の夜、大学の同期と新宿のゴジラの近くで相席居酒屋を発見したので、入った。
席に着いてから11分経って出されたカシスウーロンは、呼気検査をパスしそうな濃度でもってグラスに汗をかかせる。座った長椅子は、座面の合成皮革が破れて、その不誠実さに下でスタンバってたウレタンまでが飽きれて散って、木板がその穴を埋める。私は、履いていたストッキングを伝線させて、なんと大変なところに入ってしまったと思う。
思うだけにして、男を待った。
和紙かな布かなって感じのパーテーションの向こうでは、力量と熱量が足りない男女によって異様な盛り下がりをみせている。ただ、パーテーションに防音・耐熱加工がされてるかもしれないから、本当のところは分からなかった。
金曜、新宿、客は男を待つ私たちを含めて2組。
売れない居酒屋が安易に「相席居酒屋にしたら流行るんじゃない?」って感がむき出しになっていて、それでもなお流行っていないのを見ると、ビジネスの単純な仕組みにぐったりせざるを得ない。
まあ、店の真価ってトイレで決まるもんね、よし、と腰をあげたら男が、来た。
男が来たので、店のルールにしたがって人数分のおつまみを頼んだが、彼らの飲み物が来て乾杯しても、自己紹介が済んでも、自称お笑い担当によってそれ以外の人々が笑う担当に配置させられても、それは強制的な人事命令だ、不当、と訝しんでも、おつまみが来ることはなかった。
男が来ておつまみが来ない
自由律の句を詠んだところで、そうそう、トイレトイレ、と席を立つ。
トイレに行くと、パーテーションの奥で席を持っていたスーツの男と鉢合わせた。男女共同のトイレ。どうぞどうぞと譲り譲られ、お先にと入る。プラスチックの、黒沢かずこが乗ったら破れてしまいそうな便器。タンクにはうっすら埃を被ったプラスチックの草が飾ってあった。待ち人あれりと、ぐったりしている間も無く出た。そんなことより彼らのテーブルにはおつまみ来たんかいな。
スーツの男は律儀に待っていた。
扉を開けて待っていたのに、入る気配を見せない。
善意を無下にされ腹が立ち、諦めて席戻ろうとすると行く手を塞がれた。
抱き寄せられて、キスしていいかと聞く。
だめだめーと笑顔で言う。
そうすると、腕を掴まれトイレに連れ込まれて、無許可のままスーツの男が私にキスをした。
俺といる方が楽しいでしょう?
向こうなんて放って俺と楽しもう?
向こうが楽しいわけではなかったが、かといってこっちの方が楽しいかというと誤答。この時においては、向こうの方が胸をドキドキさせてくれるくらいの楽しい場所に思えた。
嫌と何度か言って、するりと腕を抜けたら、ああ、そう、またね、と彼が言った。
席に戻った後、しばらくして彼がトイレから出て来るのを気配で感じて、楽しく見える風に笑う。いや本当に楽しんで心から笑っていたかもしれない。
そうそう、その姿をついぞお目にかかることのなかったおつまみは、会計伝票の上の文字としてようやく捉えることができた。
終電もなかったので、そのあとみんなでカラオケに行ったが、LINEを交換する必要性を誰もが見いだすことのないまま、別会計をして解散。
またね?どこかで再び会えたら運命?
残念、顔はもう忘れた。