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急がば回りこんでドロップキック

後藤あいといいます。

セクハラやじと肉汁君

最近「セクハラやじ」って単語が好きで、事あるごとに使ってるんだけど、こういう粗相ってなくならないんですかな。

太っていて汗っかきの男の子に、私が肉汁っていうあだ名をつけたことがあって、それが予想に反して大流行りしちゃったことがあった。軽犯罪者のきっかけになりがちな軽い気持ちとはこのことで、思いついた当の本人は、なーんにも考えてなくって、もはやこんなに流行るとは、自分センスあるやもなんて。

1週間くらい経った頃、シャイな彼が辛抱たまらなくなり先生に相談したんだろう、帰りの会が追及の場になった。先生は激怒して、彼はうつむいて大汗をかいてた。肉汁ってあだ名をつけるのは、いじめだと。

先生は、相手の立場に立てみたいなニュアンスの事を結論としてたような気がするけど覚えていない。それよりも、先生の「犯人探しをするつもりはない」って言葉に汗が出るほど安堵してた自分と、私は彼になんて酷いことをしたんだ、って反省していたことを鮮明に思い出す。

人知れず犯人になっていた私は、もうこんな軽率な言動はするまいと、これまた人知れず固く心に誓う。

今振り返って思うに、犯人探ししたら、すぐ顔に出るでおなじみの私はきっとすぐにばれていたんだろうな。そして、そうした時に起こる感情は何か。きっと、肉汁のことを恨み、チクりやがったとか言い出して、挙句みんなも面白がってた呼んでたくせに、最悪な奴らだなまじ、こんなクラス最低。てな感じ?あらら自分がしたことは棚に上がってるわ?

本人は問題になった時点で、とうに反省しているだろうし、犯人を見つけたらなにになる?

犯人を見つけたら、そいつだけが悪くなるが、私だけが悪かったんじゃない、それを面白がったみんながというか、悪気もなく言える雰囲気が悪かったんだ。

だからといって、私は悪くない!じゃないのよ。

一番反省すべきは私だし、その雰囲気をつくりだしているのは紛れもなく私だ。雰囲気のせいにするの好きだな自分。