治安の悪い相席居酒屋でキス
金曜の夜、大学の同期と新宿のゴジラの近くで相席居酒屋を発見したので、入った。
席に着いてから11分経って出されたカシスウーロンは、呼気検査をパスしそうな濃度でもってグラスに汗をかかせる。座った長椅子は、座面の合成皮革が破れて、その不誠実さに下でスタンバってたウレタンまでが飽きれて散って、木板がその穴を埋める。私は、履いていたストッキングを伝線させて、なんと大変なところに入ってしまったと思う。
思うだけにして、男を待った。
和紙かな布かなって感じのパーテーションの向こうでは、力量と熱量が足りない男女によって異様な盛り下がりをみせている。ただ、パーテーションに防音・耐熱加工がされてるかもしれないから、本当のところは分からなかった。
金曜、新宿、客は男を待つ私たちを含めて2組。
売れない居酒屋が安易に「相席居酒屋にしたら流行るんじゃない?」って感がむき出しになっていて、それでもなお流行っていないのを見ると、ビジネスの単純な仕組みにぐったりせざるを得ない。
まあ、店の真価ってトイレで決まるもんね、よし、と腰をあげたら男が、来た。
男が来たので、店のルールにしたがって人数分のおつまみを頼んだが、彼らの飲み物が来て乾杯しても、自己紹介が済んでも、自称お笑い担当によってそれ以外の人々が笑う担当に配置させられても、それは強制的な人事命令だ、不当、と訝しんでも、おつまみが来ることはなかった。
男が来ておつまみが来ない
自由律の句を詠んだところで、そうそう、トイレトイレ、と席を立つ。
トイレに行くと、パーテーションの奥で席を持っていたスーツの男と鉢合わせた。男女共同のトイレ。どうぞどうぞと譲り譲られ、お先にと入る。プラスチックの、黒沢かずこが乗ったら破れてしまいそうな便器。タンクにはうっすら埃を被ったプラスチックの草が飾ってあった。待ち人あれりと、ぐったりしている間も無く出た。そんなことより彼らのテーブルにはおつまみ来たんかいな。
スーツの男は律儀に待っていた。
扉を開けて待っていたのに、入る気配を見せない。
善意を無下にされ腹が立ち、諦めて席戻ろうとすると行く手を塞がれた。
抱き寄せられて、キスしていいかと聞く。
だめだめーと笑顔で言う。
そうすると、腕を掴まれトイレに連れ込まれて、無許可のままスーツの男が私にキスをした。
俺といる方が楽しいでしょう?
向こうなんて放って俺と楽しもう?
向こうが楽しいわけではなかったが、かといってこっちの方が楽しいかというと誤答。この時においては、向こうの方が胸をドキドキさせてくれるくらいの楽しい場所に思えた。
嫌と何度か言って、するりと腕を抜けたら、ああ、そう、またね、と彼が言った。
席に戻った後、しばらくして彼がトイレから出て来るのを気配で感じて、楽しく見える風に笑う。いや本当に楽しんで心から笑っていたかもしれない。
そうそう、その姿をついぞお目にかかることのなかったおつまみは、会計伝票の上の文字としてようやく捉えることができた。
終電もなかったので、そのあとみんなでカラオケに行ったが、LINEを交換する必要性を誰もが見いだすことのないまま、別会計をして解散。
またね?どこかで再び会えたら運命?
残念、顔はもう忘れた。