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急がば回りこんでドロップキック

後藤あいといいます。

芸能人にファンレターを送って、その後

日常

「今日も好きでした」とは、ナイナイ矢部氏にあてられたファンレターだった。それ一言だけの手紙。

ANNの出待ちの子だったか、頻繁にファンレターを送っていた子だったか、そこは忘れたけど、というか「子」なのかも忘れたし、そのエピソードをラジオで聞いたのが確か10年以上前だから、たとえ「子」だったとしても今はそう呼べるお年頃じゃなくなってるんだろうけど、そんなことは別にどうでもよくて。

その人の気持ちと人間性が詰まった本当にいいファンレターだと思って、文面だけは鮮明に覚えている。

先日、私は、生まれて初めてファンレターを書いた。

東京近郊に住んでいるのも、服を買うのも、家を掃除するのも、メイクをして出かけるのも、ライザップに通ったのも、全部彼のためで、全部彼のおかげ。カセットでの録音から足を洗ったのにradikoのタイムフリーがなかった氷河期に録音ソフトを買って、土曜の夜、PCに徹夜させる習慣を加えたのもそう。

今日、私は、彼のライブへ行った。

予約者の名簿を見て、この前ファンレターを送ってくれた子だと気づかれるかもしれなくて、それでライブ終わりには控室に呼ばれるかもしれなくて、そこで話して波長が合うかもしれなくて、1ヶ月に1回ご飯を食べてじっくり話したり、もしくは一緒に仕事をしたりするかもしれない。

控室に行くなら手土産のひとつでもいるんだろうと思って、ライブ会場の最寄り駅を降りてすぐのところにあるケーキ屋さんで、焼き菓子を買った。

きっとそれは突然の出来事なのだろうから、自分が食べたくて買ったのだと、先手を打っておく。

そうそう、そのファンレターでは、好きですというのが書けずに、私が1人でに始めたのにそういうことを言えるような雰囲気が作れずに、結局私の中から出てくる単語はどれも役不足で、あれもこれもと長くなってしまった。

伝わればいいな、と思いながら、いかに彼に救われたか、感謝の思いをストーリー仕立てで語る。なぜ伝えたいのかは分からないし、伝わったからって何かなあって、自分本位な感をいよいよ拭うことができなかったけど、伝わればいいな。

何度も読み返す勇気はなかったのに、ポストへ投げ入れる度胸はあった。

82円の小さくてペラペラの紙は便箋の重さに耐えきれなくなって逃げ出しているかもしれないから、質問コーナーに投書される、ファンレターって本当に読んでるの?という疑問が止まないのを、なんとなく納得したりする。矢部氏のファンは自分の気持ちに自信があったんだろう。優しさと自信が。

好きな人に好きと伝えることは、こんなにも恥ずかしくて、ばかげていて、生命力吸い取られて、ちょっと嬉しい。ああ、久しく好きと言ってないなあと、今気づきましたけど!みたいな感じでしみじみ噛み締めた。

ほんで、今、私は、自室の布団の上でさっき買った焼き菓子を食べながら、今日もらった事務所ライブのフライヤーと、出せずに持ち帰った空欄のアンケートを持て余している。

ライブ楽しかったとか、こんな時間に食べたら太っちゃうとか、また明日から頑張ろうとか、全部そうだけど全部違う。とりあえず化粧を落とす。