私と彼は一生の友達
友達と飲み会した帰り、下戸の元彼が車でウィークリーマンションまで送ってくれることになった。
相乗りしてた友人が出発早々に嘔げる。
条件反射のように運転手が窓を全開にすると、ミストのように降っていた雨が私たちの髪と顔、車内を徐々に濡らしていった。
運転手の元彼、助手席の友人、吐物にまみれながら寝ている友人の隣に座る後部座席の私。くさいとか最悪だよとか言ったところで状況は何にも変わりゃしないことはその場の全員が知っていた。
だから、申し訳なさそうにある吐物をないものとみなすことを3人が暗黙のうちに決めて、風の音に負けないくらいの大声で、話に熱中するフリをしていた。話した内容はおそらく誰ももう覚えていない。
彼女が降りてからも、残して行った彼女の吐物は一切話題になることのないまま、走る。無言だった。
助手席の友人の家に着く。彼女は彼へお礼と少しの慰めを言って降りた。また遊ぼうね〜とみんなで言って、車は彼女を残し、走り出す。
元彼と二人きりになった。
徐々に我が強くなる吐物のこと、最悪とか、勘弁してよとか、そういうのはまだ言わない。
そのまま私をウィークリーマンションまで送り届けて、彼は人知れず吐物に吐き気を誘発されながらこれから自宅まで1時間半走り、高いお金を出して内装クリーニングするんだろう。
私は「一人で他人のゲロ掃除するなんて絶対虚しいって」と言って、これからクリーニングをしてくれそうなスタンドに片端から電話して探す。
本当は彼ともう少し一緒にいたいだけなんだけど、その気持ちは絶対バレてはいけないと思った。
ただ、夜の3時過ぎにクリーニングしてくれるところなど見つかるはずもなく「もういいよ、ありがとう」の一言で、私たちはウィークリーマンションへ向かうことになった。私は無念さをまとって助手席に座っていた。
ウィークリーマンションの近くに着く。
「また東京きた時にみんなで遊ぼう」
と言う。
ここで降りたら多分もう、一生、私は彼と二人きりになることはないと直感していた。
「これから1時間半つらいけどがんばってね」
感情を殺し、明るく優しく言う。
すると彼は、
「割と我慢の限界だから、近くのパーキングに停めて、少し散歩する」
といよいよ本音を言った。
名残惜しいせいで私はそれを誘われているのだと解釈する。
お供していいか聞くと、了承してくれた。
私の好きな幡ヶ谷の甲州街道、二人で歩くのは初めてだった。
私が笑かそうとして、彼が笑う。付き合ってた時みたいに。
他の誰に対しても向けられない顔を、私はしていたと思う。
懐かしくて、嬉しくて、はたと彼が既婚者であることを思い出して、無意識に近づけていた手を体ごと離す。彼と奥さんが離婚したら、彼は私と結婚してくれるのかなと思ったけど、考えるのはすぐに辞めた。
雨が強くなっていく。
私はその雨を口実に使って、「うちでちょっと休むかい?」と提案した。
彼は間髪入れずに断ってから、言った。
「でもずっと2人で話したいと思ってたんだよね」
「そんなのいいよ、私はもうちゃんと未練を断ち切れているんだから。」
もう彼と話すべきことなどないのだ。自分の言ったことに悲しくなって、ここで涙が出る。バレたくなくて、明るく言う。
「未練を断ち切るのにどんだけ苦労したと思ってんのよ〜。今更話すことなんて特にない」
ダメにしたのは私なのに、そんなヒロインの言う台詞みたいなこと平然と吐ける私に嫌気がさす。涙を止めることはできないでいた。
なんだか噛み合わない会話の中で、いよいよズルズル言い出した鼻を彼は耳で感知して、言った。
「友達じゃダメなのかな。」
発言の意図が理解できない。
「分かってるのよ、それは。近くにいなくたって、連絡とらなくたって、何をしてるか分からなくたって、私たちは一生、友達なんだよね。分かってる。」
「そうか、それならよかった。」
そうだった、そうだった。分かっていたのに、忘れた。良くないね、好きなんだ。思い出すと好きになる。だから思い出さないで、友達でいるんだ。
彼と友達でいるには、二人の幸せを祈るには、近づいてはいけない。知ってはいけない。そうすれば一生の友達なんだから。
最近仕事で勉強したんだというマッサージを歩きながらしてくれた。上手くて、優しくて。前戯の前にしていたスキンシップとはまるで違った。お返しにすると、上手くなったじゃんと言った。私は私で別れてから違う人生を歩んだんだよ。
ウィークリーマンションのエントランスで別れ、家に着いて、メイクを落としてから、洗面台の鏡を見て、本音を言う。
「彼と彼の奥さん、一生幸せでいてね」
「あと、散歩くらいは許してください」